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上田知樹の宅建チャレンジブログ

氷床について調べてみました


こんにちは。上田知樹です。今日も「上田知樹の宅建チャレンジブログ」はじめていきます。よろしくお願いします。
今回お話するのは、氷床について。
氷床(ひょうしょう、英: ice sheet)とは陸地を覆う5万km2以上の氷河の塊だそうですね。氷床は氷棚や(狭義の)氷河より巨大なものを指し、5万km2以下の氷塊は氷帽と呼ばれ、周囲の氷河を涵養しているのだそう。
現在氷床は南極とグリーンランドにのみ存在するそうですが、最終氷期の最寒冷期においては、北アメリカにローレンタイド氷床が、ヨーロッパ北部にスカンジナビア氷床が、チリにパタゴニア氷床が発達していたみたいです。
氷床は表面は寒冷ですが、その底部は暖かく融解し融解水が氷床の流動を促しているのだとか。この過程は氷床内部に速い流れの水路を作っているみたいですね。
現在の極域の氷床は、地質学的に見れば比較的新しいのだそう。南極氷床は暁新世の前期に最初に小さな氷帽として(おそらく何回か)形成されたが前進と後退を何回も繰り返し、南極大陸のほとんどを埋め尽くしたのは鮮新世になってからと言われているそうです。それまでグリーンランドに氷床はほとんど無かったみたいですが、鮮新世の後期で急激に発達し北半球最初の大陸氷床となったのだとか。グリーンランドには、氷床が発達する前に生息していた植物化石が非常に良好な保存状態で発見されているみたいですね。これはゆっくり形成された南極氷床と全く異なることを示しているそう。
氷床、一度見てみたいですね。
それでは今日はこのへんで。上田知樹でした。

ソクラテスの「無知の知」


上田知樹です、こんにちは!
今日も、僕、上田知樹が気になったことを調べて、ここに書き記していきたいと思っています。よろしくお願いします。
今回お話するのは、ソクラテスの「無知の知」についてです。

ソクラテスはアポロンの託宣を通じてもっとも知恵のある者とされました。ソクラテスはこれを、自分だけが「自分は何も知らない」ということを自覚していて、その自覚のために他の無自覚な人々に比べて優れているのだと考えたとされているのだそうです。その結果、彼は知者を僭称する独断論者たちの無知を暴くための論争に明け暮れることになるんですね。
彼の「無知の知」を背景とした知・無知に対するこだわり(とその効用)は、『ソクラテスの弁明』の終盤、死刑が確定した後の、死についての自身の見解を聴衆に語るくだりにおいて鮮明かつ象徴的に見て取ることができるのだとか。彼はそこで、(後に弟子のプラトンがオルペウス教(ピタゴラス教団)的な輪廻転生説に嵌っていくのとは対照的に)死後のことについては一切わからないという不可知論の立場を採ったのだそうです(死刑確定前の弁明においても、「死後のことを知っている者など誰もいないのに、人々はそれを最大の悪であるかのように恐れる。それは自ら知らざることを知れりと信ずる無知であり、賢くないのに賢人を気取ることに他ならない。私は死後のことについては何も知らない代わりに、知っていると妄信もしない。」といった趣旨の発言をしていて、ソクラテスがここに相当のこだわりを持っていたことが伺えるのだそう)。しかし一方で、彼は死は自身にとって、禍ではなく、一種の幸福であると言ったそうです。なぜなら、死後については二説あって、唯物論者たちの言うように、死が虚無に帰することであり、全ての感覚の消失であるならば、それは人生において他の昼夜より快適だった夢一つ見ない熟睡した夜のごときものであろうし、他方で冥府(ハデス)があるとしたならば、そこで真誠な半神たちによる裁判を受けることができるし、ホメロスやヘシオドスと交わったり、オデュッセウスやシシュフォスと問答することもできる、どちらにしろ幸福である、というわけなんだとか。であるがゆえに、死を恐れて不正な裁判に屈することなどなく、善き生を貫徹できるし、善き生を貫徹した者は、死に際しても幸福なのだそう。
このように、死後については「知らない」が、それを自覚しているがゆえに、それについての諸説を冷静に「知る」ことができるし、ひいてはどちらに転んでも自分や善き生を送った者にとって幸福であることも「知る」ことができ、だから死を恐れずに善き生をまっとうできる、対照的に、知に対する節度をわきまえない独断論者たちは、どこかでつまづき、知りもしないことに踊らされ、翻弄され、そうはならない、といった具合に、「善き生」と「無知の知」はひとつの円環を成し、「無知の知」は「善き生」にとっての必須条件となっているようです。
(ただし、ここでもその前後で「ダイモニオン」による諫止がなかったからこの死は善いことであるとか、「善人に対しては生前にも死後にもいかなる禍害も起こりえない、また神々も決して彼の事を忘れない」ことを真理と認める必要があるとか付言していることからもわかるように、ソクラテスの「無知の知」を背景とした抑制した態度は、単なる不可知論や相対主義に終始するものではなく、また論理的帰結のみに頼るものでもなく、常にそこを補う神々への素朴で楽観的な信仰などの「独断」と抱き合わせで成り立っていることに注意が必要と言えるそうです。ソクラテスの思想には全般にわたってこういった二面性が孕まれているのだとか。)
また一般に、ソクラテスは対話を通じて相手の持つ考え方に疑問を投げかける問答法により哲学を展開するみたいですね。その方法は自分ではなく相手が知識を作り出すことを助けるということで「産婆術(助産術)」と呼ばれているのだそうです。ソクラテスのもちいた問答法は、相手の矛盾や行き詰まりを自覚させて、相手自身で真理を発見させるんだそう。こうして知者と自認する者の無知を晒させたそうです。こういった、意図を隠したとぼけた態度は、エイロネイア(イロニー)と呼ばれるのだとか。
(ちなみに、刑事コロンボなど、とぼけた態度で犯人の主張を矛盾に追い込んでいく刑事もの等の元々のモデルは、ここに帰することができるそう。)

ソクラテスの「無知の知」、面白いですね!勉強になります。
それでは今日はこのへんで。上田知樹でした。

樹氷と霧氷


上田知樹です。こんにちは。今日も「上田知樹の宅建チャレンジブログ」、はじめていこうと思います。
今回お話するのは樹氷についてです。
樹氷の原因は、霧氷(むひょう)という、氷点下の環境で、空気中の過冷却水滴もしくは水蒸気が、樹木その他の地物に衝突して凍結もしくは昇華することでできる、白色や無色透明の氷層の総称だと言われています。樹氷の他にも粗氷、樹霜に分類されるものもあるようです。
特に樹氷は、冬山などで、過冷却水滴からなる濃霧が樹木などの地物に衝突し、その衝撃で凍結・付着した氷層のことを指すみたいですね。一般的には、氷層を付着させた樹木そのものを指して樹氷と呼ぶこともあるのだとか。
樹氷は気温-5℃以下の環境で生じるそうです。粒状構造の脆い氷。風上側へ向かって羽毛状に成長するのだとか。風が強いほど風上に成長するそうですが、この様を俗に「海老の尻尾(えびのしっぽ)」などと呼ぶみたいですね。弱風時には地物の全ての方向に付着するそうです。気泡を多く含むために不透明で、白色を呈するのだとか。樹氷が付着している物体を揺らすと、樹氷は簡単に落ちてしまうみたいですよ。
日本では蔵王の樹氷林が有名で観光資源にもなっていて、樹木が完全に樹氷や雪によって覆われたものは「スノーモンスター」とも呼ばれるのだとか。他に八甲田山や八幡平、伊吹山、氷ノ山、富士山のものがよく知られているそうです。黄砂が到達し始める春先には、冬季に白色だった樹氷林がやや黄色味を帯びるのだとか。
樹氷、一度見てみたいですね。
それでは。上田知樹でした。

カボチャについて


上田知樹です。こんにちは。
今日はカボチャについてお話させていただきますね。カボチャは、ウリ科カボチャ属(学名 Cucurbita)の総称で、特にその果実のことをいいます。原産は南北アメリカ大陸で、主要生産地は中国、インド、ウクライナ、アフリカだそうですね。果実を食用とし、完全に熟してから食べます。ビタミンAを豊富に含むことで有名ですね。サツマイモと同様にデンプンを糖に変える酵素を含んでいて、貯蔵によってあるいは低温でゆっくり加熱することによって甘味が増すのだとか。従って、収穫直後よりも収穫後、約1か月頃が糖化のピークで食べ頃となります。日本には冬至にカボチャを食べる風習がありますが、前述のように糖化に時間がかかり晩秋以降が食べ頃になるのと、それによって年末まで日持ちする数少ない野菜であるのが一因なのだとか。
また、甘みの強い品種は菓子作りにも向いていて、パンプキンパイや、南アメリカのフランやタイの「サンカヤー・ファクトン」などのプリンなどに加工されていますね。
フランスではスープの材料として使われることが一般ですが、南部ではパイやパンに料理されるのだとか。アルゼンチンでは中をくりぬいたカボチャにシチューを入れるそうですよ。
種子(パンプキンシード)も食品として市販されていて、ナッツとして扱われるのだとか。パンや洋菓子のトッピングとして用いられることが多いですね。メキシコにはカボチャの種子をすりつぶしたソースで肉や野菜を煮込んだ、ピピアン (pipián) という伝統料理があるそうです。また、種子から食用油(パンプキンシードオイル)が取れるみたいですよ。
米国ではシナモンやクローブなど、パンプキンパイに用いる香辛料とカボチャを使って醸造したビールが生産されているのだとか。
カボチャについて、お分かりいただけましたでしょうか。それでは今日はこの辺で。失礼します。

電子書籍についてと上田知樹


こんにちは。お久しぶりです。上田知樹です。
今回お話するのは、電子書籍について。
電子書籍とは、古くより存在する紙とインクを利用した印刷物ではなく、電子機器のディスプレイで読むことができる出版物だそうです。最近よく見かけるようになりましたよね。
呼称については電子書籍の他、電子ブック、デジタル書籍、デジタルブック、Eブックといった呼称が存在するのだそうです。
コンテンツの流通と再生の方式の違いにより、以下の形式が存在するのだとか。

・携帯電話や携帯情報端末などで携帯電話ネットワークやインターネットからダウンロードして閲覧する
・PC等でインターネットからダウンロードして閲覧する
・PC等でインターネットからダウンロード後、さらに再生用小型機器にダウンロードして閲覧する

電子書籍のコンテンツの多くは、既に出版された印刷書籍の情報を、デジタルな文字情報や必要ならばさし絵をデジタル画像情報へ変換して電子ファイルにすることで、印刷、製本、流通の経費削減や省スペースを図ったもの。コンテンツは有料と無料のものがありまして、その多くが無線/有線のネットワークからダウンロード完了後に読むことになります。紙の書籍では不可能な、ハイパーリンク・動画・音声・振動(バイブレーション)などを併用したコンテンツも存在するのだとか。
読者が無線や有線によってインターネットに接続すれば、書籍の購入が即時に行えて本棚に場所を占めずにすみ、出版社に相当するコンテンツ・プロバイダ側でも在庫確保と資産コスト、絶版による販売機会の喪失が避けられるんですね。環境の観点からは、紙・在庫・流通・店舗などの負荷軽減の側面と、電力消費や機器の陳腐化や廃棄などの負荷発生の側面があるのだとか。また著作権や課金などの課題が存在するんですね。
上田知樹は電子書籍、まだ見始めたばかりですが、動画とか音声が流れるものもあるんですね。何だか面白そうです。
それでは今日はこの辺で。失礼します。